よるのくも
『夜の蜘蛛』

― 愛知県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 昔、あるところに若い男が住んでいたに。
 そろそろ嫁をもらう年頃になっても、いっこうあわてない。村の年寄りたちが若者に聞くとな、
 「わしゃぁのん、嫁には注文があるじゃに」
と言う。
 「注文いうて、どげな注文ぞん」
 「まず、器量(きりょう)がようて、なんにも食べず、よく働く女房がええ」
 「馬鹿(ばか)こけや」
 年寄りたちはあきれて、もうその話はせんようになったぞん。
 ところが、ようしたもんで、二、三日まえから、若者の家に、美しい女がいるようだん。
 ある夜に、道に迷ったとか言うて、若者の家に来たまんま居ついてしまったものらしか。 

 器量はよし、働き者で、物も食べぬちゅう望み通りの女で、若者は有頂天(うちょうてん)の真っ最中であるらしか。
 「わけのわからん者もらいくさって、今にろくなこたあねえぞん。ええからほっとけ」
と、年寄りたちはブツクサ言っとったが、若者の方は、知ったこっちゃねぇに。
 今日は、女房の里へ顔を出すのだ言うて、女房のあとついて、山道を登って行った。
 ずいぶん来たところで、若者は急に腹が痛み出したと。
 「もうひと息じゃ、わしの背中におぶさったらええに」
と言うなり、若者を抱き起こし、ヒョイと背中へ乗せてしもうたとな。
 腹の痛みも、少しゃ良うなり、女房の背のぬくもりが気持よくて、若者はウトウトしだしたと。 どこやら、暗い山の中を、女房はスタスタ歩いているらしいがのん。
 そのうちハッと気がつくと、女房は、若者を草の上に降ろし、自分も一服(いっぷく)しとる様子じゃ。若者が女房をねぎらおうと声を掛けようとしたとき、女房が突然大きな声出して、
 

 「お―い、捕(と)ってきたぞお、みんなこいやぁ」
 これを聞いて、若者は驚ろいたもんな。
 「さてはこの女、魔性(ましょう)のもんだったかん、えれえことになったぞん」
 そこで女房のすきを見て、そばにある菖蒲(しょうぶ)と蓬(よもぎ)の生い茂る草ぼらへ飛び込んで、身を伏せたと。
 こわごわのぞいてみると、大きな蛇の姿に変わった女房のまわりへ、大小の蛇が目を輝かせ、ウヨウヨ集まってきたじゃ。

挿絵:かわさき えり
 

 「どうした獲物(えもの)が見えんぞ」
 「しまった、うっかりしとって、逃がした」
 「どうする」
 「今夜、みんなで捕りに行こうや」
 これを聞いて若者は、ころげるように山道走って、やっと村へ戻ったと。
 若者からわけ聞いた村人たちは、若者の家の前でたき火たきながら、手に手に光物構えて、蛇の襲撃(しゅうげき)を待っとったと。
 すると突然、空から大きな蜘蛛(くも)が、若者の前へスルスルと降りてきた。
 脚(あし)をひろげ、若者に飛びかかろうとする前に、若者は、そばにあった箒(ほうき)で、蜘蛛をたき火の中へたたき落としたに。 

 なんとこの大蜘蛛は、数十匹の蛇に変わり、たき火の煙と炎に巻かれて、みんな死んでしまったぞん。
 蛇が蜘蛛に化けて、やってきただに。
 このことがあってから、
 「夜の蜘蛛は親に似ていても、きっと殺せ」
と、言うようになったぞん。

挿絵:かわさき えり
 

 また、この日が五月五日だったので、それ以来、五月五日には、魔性のものを近づけない菖蒲と蓬の葉を、必ず屋根の上に乗せておくと。 
 

愛知県
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