きつねのよめご
『キツネの嫁ご』

― 岐阜県揖斐郡 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 むかし、あるところに一人の若者がおったと。
 若者は畑仕事のあいまに駄賃(だちん)働きするほどの働き者だったと。
 ある日、若者が駄賃働きで隣(となり)村へ荷(に)を運んで、帰りに空荷(からに)の馬に乗って山裾(やますそ)の野っ原にさしかかったら、ちょうどお日さまが山蔭(やまかげ)に沈(しず)もうとして、空も野もあたり一面、まっ赤に染めたと。
 「ほう、今日は格別(かくべつ)きれいな夕焼けじゃ」
と、見とれながら、なおも馬を進めて行ったら、野っ原の道の行手(ゆくて)に、見たことのない娘(むすめ)が一人、たたずんでおった。

 若者は、こんな広い野っ原のまん中で、今にも日が暮れようとしているのに、どうしたことじゃ、と不思議(ふしぎ)がって馬を停(と)めた。
 「こんなところで、若い女の身一人、一体何しておるんじゃ」
 若者が声をかけると、娘はうつむいていた顔をあげて、恥(は)ずかしそうに若者を見た。娘の顔に夕日が映えて、そりゃあきれいだったと。
 「何というあてもなく、この夕景色(ゆうげしき)を楽しんでおりました」
 「日が暮れてしもうたらどうする。早う家に帰らにゃ」
 そう言われて、娘はまたうつむいて、首を横にふった。
 「わたしには、家はございません。親も死んでしもうておりません。ひとりぽっちでございます」
 若者はこの娘がいとしくなったと。

 「もしよかったら、今夜は俺の家さ泊(とま)っていかんか。貧乏家(びんぼうや)だけど俺も独り身(ひとりみ)だから何の気がねもいらん」
 娘はうれしそうに顔をあげ、うなづいた。
 若者は、娘を抱(だ)きあげて馬に乗せ、家へ連れて帰ったと。
 一晩たち、二晩たち、三晩たっても娘は出て行くそぶりを見せない。それどころか、かいがいしく若者の世話(せわ)をやいた。
 二人は夫婦(みょうと)になったと。村人たちは、
 「あんな器量(きりょう)のいい嫁(よめ)ご、どこから来たや」
 「どこの生まれか言葉のきれいなこと」
 「おまけに、よう働きんしゃる」
と、うわさしあって、評判(ひょうばん)の嫁ごとなった。
 そうして、一年もすると、嫁ごは玉のようにかわいい男の子を産んだ。
 何の不満(ふまん)もない嫁ごであったが、たったひとつ不思議といえば、若者が前から大切に飼っている一頭の犬を大変おそろしがることだ。

キツネの嫁ご挿絵:かわさき えり
 犬の方も、嫁ごを見るたびにひどくほえる。
 嫁ごは、幾度(いくど)も若者に、犬は嫌いだから他へもらってもらうか、殺してしまうかしてくれと頼んだ。が、若者は、仔犬(こいぬ)のときから育てた犬だから、そう簡単(かんたん)に始末(しまつ)も出来ず、まあ嫁ごに噛(か)みつくことがなけりゃいいぐらいに思うて、裏口(うらぐち)へしばりつけておいたと。

 あるとき、村人たちのあつまりが若者の家であった。
 ご馳走(ちそう)をつくった嫁ごがはなれへ運ぼうとして裏口へ出たら、犬が狂(くる)ったようにほえて、今にも嫁ごに噛みつきそうになった。
 びっくりした嫁ごは、思わず持っていたご馳走をほうり投げて、土塀(どべい)の上へ跳(と)び上(あが)った。
 犬のほえる声と、ご馳走をひっくり返した音と、ギャーという嫁の声を聞いて、はなれにいた村の衆(しゅう)が外を見て驚(おどろ)いた。なんと、あの器量のいい嫁ごがキツネの顔になって土塀の上に立っている。
 若者があわてて犬をかくまうと、キツネの顔はすぐに嫁ごの顔に戻(もど)った。が、村の衆にまで本性(ほんしょう)見られた嫁ごは、土塀の向こうへ跳び下りて、そのまま姿を消したと。

キツネの嫁ご挿絵:かわさき えり

 若者はなげき悲しみ、
 「本性はなんであろうと、たがいに愛(いと)しく思うて暮らしてきて、かわいい子供まで産んでくれたやないか」
と、言いながら、子供を抱いて、くる日もくる日も嫁ごを捜(さが)して歩いたと。
 若者の心は、いつしかキツネの嫁ごにも通じ、暗くなってからやって来て、夜明け前には帰って行ったそうな。
 なんでも、キツネという名は、「来(き)て寝(ね)た」ということからついたとも伝えられているそうな。

 しゃみしゃっきり。

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