わんかしぶち
『椀貸淵』

― 群馬県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 利根川(とねがわ)の上流、群馬県は老神温泉(おいがみおんせん)の近く、追貝(おっかい)というところに一筋(ひとすじ)の川が流れている。名を片品川(かたしながわ)といい、中(なか)ほどに州(す)で出来た浮島(うきしま)があって、そこにある小さなお堂には、一体(いったい)の観音様を祭(まつ)ってあった。
 その少し下流に滝がある。この滝のことを土地の人々は、吹割(ふきわり)の滝と呼んでいた。
 吹割の滝壷(たきつぼ)は、年中渦(うず)を巻いて、深い底は竜宮(りゅうぐう)に通じていると信じられていた。
 

 わずかに風のある早朝(そうちょう)、川辺(かわべ)りに立つと、時々、笛のような透(す)きとおった音が、朝もやの水面(みなも)を這(は)って聴(き)こえて来たという。 挿絵:かわさき えり
 
 むかし、何百年も昔のこと。このあたりに観音様の堂守(どうもり)をしている重兵衛(じゅうべえ)という庄屋がおった。
 重兵衛は、気立てのよい男じゃった。
 毎朝観音様を見まわったあと、滝の手前で釣りをするのが常(つね)だった。
 

 ある朝、重兵衛が釣りをしていると、滝壷から乙姫様があらわれて、何やら重兵衛と話をしたんだと。なんでも、重兵衛の釣りをする姿を、毎日毎日、乙姫様は水底からながめておったんじゃそうな。
 つまり、乙姫様に見染められたっちゅう訳じゃ。
 それから重兵衛は、手紙を書いては川に流すようになった。すると、乙姫様の返事は、滝の上にある岩に置いてあったそうな。
 やりとりは手紙だけじゃあねぇぞ。重兵衛の家に客が多勢来て、膳(ぜん)と椀(わん)の足りない時は、手紙で、竜宮にいる乙姫様にお願いしてな、貸してもらっていたそうな。
 返す時は、滝の上にある岩の上に置いとくと、翌朝には無くなっているっちゅう寸法(すんぽう)だ。
 こうして何回も借りたり返したりしておった。
 ある年の春祭りのこと、
 重兵衛の家に、急に多勢の客がやってくることになった。
 

 重兵衛は、また、竜宮にいる乙姫様に手紙を出して、不足の膳と椀を借りたそうな。
 祭りが終って、いつものように返しておいた。
 ところが、この時重兵衛は失敗をやらかした。数を間違えて、一組返し忘れてしまったんだと。気がついたのは翌朝だった。
 あわててお詫(わ)びの手紙を添(そ)え、岩の上に返しておいたが、翌日になっても、一組の膳と椀は置かれたままじゃったそうな。

挿絵:かわさき えり

 きちんと返す約束を果さなかったので、乙姫様は怒ったのかも知れねえな。
 それからというもの、手紙を書いて流しても返事は来ないし、何も貸してもらえなくなったんだと。
 残った一組の膳と椀は、今でも重兵衛さんの子孫(しそん)で、利根村の追貝にいる星野元一(ほしのもといち)さんのお宅に、大事に保存されている。
 星野さんのお宅には昔から、この膳と椀を見にくる人がひきもきらず訪(おとず)れ、見た人は必ず「龍宮御椀拝観芳名簿(りゅうぐうおんわんはいかんほうめいぼ)」に署名(しょめい)していくのが習慣」(ならわし)でな、大正六年八月には文豪(ぶんごう)菊地寛(きくちかん)がまだ時事新報(じじしんぽう)の記者だった頃の署名もある。
 でも、素晴らしいじゃねえか。乙姫様と恋をしたご先祖様がござっしゃるなんてよ。

 いちがぽんとさけた。
 

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