かさのえ
『傘の絵』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 むかし、あるところに長者どんがあったと。
 長者どんは大変物好(ものず)きな人であったと。
 それを聞きこんで旅の商人(あきんど)が一本の掛(か)け軸(じく)を売りに来たと。商人が、
 「はい、おこんにちは、もしもし、こちらの旦那様(だんなさま)はおいでんすか」
というと、長者どんはちょうど話相手が欲しくていた時だったから、直(す)ぐに玄関(げんかん)へ出て来て、
 「ああ、俺がその旦那様だ、そしてお前はどこの誰で何しに来たや」
といった。
 

 挿絵:かわさき えり
 「へえ、こりゃどうも恐れいりますでごぜえますだ。おらは旅の商人でごぜえますだ。こちらの旦那様に是非お見せしたいものがあって訪ねて来ましただ」
といって、早速風呂敷包みの中から一本の掛け軸を取り出して見せたと。
 その掛け軸には、一人の美しい女が傘を持っている絵が画かれてあった。
 

 「これは“生き絵”と申しまして、この世にふたつとない掛け物でごぜえますだ。この絵の女は天気のいい日にはこうして傘をたたんで持っておりやすが、明日雨が降るという前の日にはこの傘をひろげてさしているんでごぜえますだ」
 「な、なんと、そりゃまことか」
 「へえ」
 「お前は見たか、その何だ、傘をひろげたところを」
 「へえ、何度も」
 「西国(さいごく)には絵に画いた鶏がトキを告げるという不思議な掛け軸を持っている御人もあるとは聞いたこともあるが…、ふーむ、これが噂に聞く“生き絵”というものか」
 「へえ」
 「ふーむ、この絵の女は傘をひろげるのか」
 「へえ」
 掛け軸をつくづく見ていた長者どん、欲しくてたまらなくなった。
 「何ぼだ」
 「へえ、千両…」
といいかけて目をむく長者どんの顔を見た商人は、
 

 「…といいたいところでごぜえやすが、大まけにまけて、えい、百両」
 「買おう」
 「へえ、ありがとうごぜえましただ」
 長者どんはいい物を買ったと喜んで、その掛け軸を座敷の床の間に掛けて、毎日毎日眺めておったと。
 そして、早く雨の降る日がくればよい、くればよい、と思っていたと。
 そのうちに、ひどい雨降り日が続いたと。
 けれどもその絵の女は一向に傘をひろげもしなければさしもしない。
 長者どんは、やっと一杯喰わされたことに気がついたと。
 毎日、口惜しがっていたら、ある日、ひょっこりと先日の商人がやって来た。
 長者どんは、
 「このカタリ者め、先日はよくもおれをだまして金を取ったな」
とかみつかんばかりに怒ったと。
 

 するとその商人は、
 「旦那様、それは何のことでやんすか。人ぎきの悪いことだ」
といった。
 「何のこともかんのことも、お前から買ったあの掛け軸の女は、雨がどしゃ降りになろうが一向に傘をささないでつぼめていやがる。あれはどうしたことだ」
といった。すると商人は、
 「はて、それは不思議だ。以前はよく傘をさしたりつぼめたりしたんだがなあ。まてよ、旦那様はあの女に一日何ぼ飯を食べさせる」
といった。長者どんは、それこそきょとんとして、
 「え、絵の女に飯なんぞ、喰わせるものか」
というと、商人は、ポンと膝を打って、
 「判(わか)った。あの女は腹が空いて力が無くなったんだ」
 こういったと。

 どんとはらい。
 

 挿絵:かわさき えり

岩手県
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