きこりのとのさま
『樵夫の殿様』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 佐々木 喜善
整理 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 むかし、あるところに樵夫(きこり)の父(とど)があったと。春の天気のいい日に山へ木を伐(き)りに行ったと。
 カツン、カツンと木を伐りながら傍(かたわ)らを見ると、巨木の蔭(かげ)に見慣れない穴があったと。
 父は、
 「ハテ、不思議な穴だ」
と思って、その穴へ入ってみると、中は案外楽々と歩ける。どこまでも、どこまでも行ってみると、よほど来たなと思う頃、ひょっと明るい所へ出た。
 

 挿絵:かわさき えり
 そこは広い広い野原であったと。その野原を、また、どこまでもどこまでも行くと、ある村里へ出たと。
 「妙な国もあるもんだなぁ」
 父があちらこちらを眺(なが)めながら行くと、その村里の中程(なかほど)に立派な門構えの館(やかた)があって、その家に出入りする大勢の人たちが、みんな声を立てて、オイオイと泣いておったと。
 

 父はしばらくその様子を見ていたが、何が何だかわけが分からないので、そこへ来た婆様(ばさま)に訳を聞いてみた。婆様は、
 「あや、お前はどこから来たや。どこの人だか知らないが、今夜この館の一人娘が、この国の生神様に人身御供(ひとみごくう)に取られるので、それで泣いているのだ」
というた。父は、
 「そりゃ可哀相(かわいそう)な話だ。そんだら、その娘を俺が助けてやりたい。俺は、この上の日本から来た者だ」
というた。
 すると婆様は館へ気ぜわしく入って行って、
 「日本から娘を助けに来たァ」
というと、皆々ひどく喜んで、ぞろぞろと出迎えに出て来たと。
 「まずは、こちらへお上がり下され」
と言われて、立派な座敷に通された。山ほど御馳走(ごちそう)になったと。
 

 その夜、父は娘の身代わりになって、白木の棺箱(がんばこ)に入って、里はずれの山の麓(ふもと)の御堂(おどう)まで村の人達に持ち運ばれて行ったと。
 村の人達は、父の入った棺箱を御堂の縁(えん)の上に置くと、われ勝ちに逃げ帰ったと。
 父は、今に何が出て来るかと、じっとして待ったと。
 すると真夜中(まよなか)頃、なま臭い風が吹いて、何者かが、ワリワリと林を打ち鳴らして来る。
 「そら来た」
 やがて御堂の縁側をミシリミシリと踏(ふ)んで、段々と棺箱の方へ近寄って来たと。
 すき間から、よくみると、総身(そうみ)に蓑(みの)を着たような、六尺もある猿(さる)の経立(ふったち)であった。
 それがいよいよ近寄って来て、棺箱のフタを開けたから、父はオノレッと叫(さけ)んで、持っていた斧(おの)で、経立の眉間(みけん)を、バッサリと真っ二つに斬り割ったと。
 

 次の朝、村の人達は、
 「あの人ァ、今頃ァ、生神様に食い殺されて、髪の毛筋も残ってはいまい」
といいながら麓の御堂へ行ってみると、父は斧を持って歩きまわっていた。
 そのそばには、怖(おっかな)い怪物が頭を真二つに斬り割られて死んでいた。
 「これだ、これだ。毎年この国の娘を取って食ったものァ」
 「去年は俺の娘を取って食った」
 「一昨年(おととし)は俺の妹を取って食った」
と口々にののしって、皆々、斧や鍬(くわ)でその怪物をさんざんに斬ったりなぐったりしたと。
 そのあげくに薪(まき)を集めて来て、その屍(かばね)を燃してしまったと。
 それから村の人達は、
 「お前様こそ、本当の生神様だ」
 「そうだ、この国のお助け神様だ」
というて、手車をして父を館まで連れて帰ったと。
 

 挿絵:かわさき えり
 そして、一同で願って、その館の一人娘の聟殿(むこどの)になってもらって、七日七夜の祝いの酒盛(さかも)りをしたと。

 どんとはらい。
 

岩手県
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