さるのふったち
『猿の経立』

― 岩手県遠野市 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 
 むかし、あるところに力の強い樵夫(きこり)がおった。
 あるとき、樵夫が山へ木を伐(こ)りに行ったら、奥山に巨(お)っきな樹(き)があった。径渡(さしわたし)二、三十人もの人が手を継(つな)いでやっと計れるほどの樹だと。根元に洞(うろ)があいていたので入ってみると、内(なか)の地面に穴があって、ゆるやかに下へ向かって続いている。人が楽に歩いて行けそうだと。
 「はて、何の穴だ。どこへ続いているのじゃろ」

猿の経立挿絵:かわさき えり
 樵夫は、松明(たいまつ)を手に持って穴を下りて行った。行くが行くが行くと、ひょこっと穴を抜け出た。目の前には野っ原が広がっている。

 「はて、俺は地の底(そこ)へ向かっていたはずじゃが……」
 樵夫は不思議(ふしぎ)に思いながら、その野っ原を歩いて行くと村があった。
 村の中をキョロキョロながめながら行くと、立派な門構(もんがま)えの館があって、その家に出入りする大勢(おおぜい)の人たちが、みんな、おいおい泣いているのだと。
 ちょうど婆様(ばさま)が通りかかったので、訊(き)いてみた。
 「何で、みんなが泣いているのじゃ」
 「今夜、この館の一人娘が生き神様(いきがみさま)の人身御供(ひとみごくう)にとられるので、それが悲しゅうてみんな泣いているだ」
 「人身御供!?そりゃむごいはなしだ」
 「あれ、お前さんはどこから来た。どこのお人じゃ」
 「俺は、この上から来た」

 樵夫がこたえると、婆様は、
 「アヤー、アヤー」
と叫(さけ)びながら、館へ走り込んで行った。
 「上から人が来たぁ」
という婆様の声で、館からは人がどやどや出て来て、樵夫は腕を引かれ、背中を押されして、あれよという間に館の立派な座敷に座らされた。
 館の主人が、
 「せっかく上からお越(こ)しになったのに、間が悪いことに今日は娘を人身御供に差し出す日、おもてなしが出来ませんがご勘弁(かんべん)下さい」
というた。
 「なんのなんの、お構い下さるな。
 ところで、生き神様とか、人身御供とかいうていなさるが、それは何のことですかいのう」

 「はあ、この村は昔は争いごとのひとつもないおだやかな村だったのですが、何年も前に、ある日突然妙なものがやってきて、家々の屋根の上を、『娘を差し出せえ』といいながらとび廻(まわ)るようになりました。
 『娘を差し出せ』といわれて、差し出す家なんぞあるもんでない。皆々戸閉まりをして息をつめておりましたら、家々をひっかきまわして、娘をさらって行きました。
 毎年毎年、どうあがいても娘がさらって行かれる。娘をさらって行った後は、その年(とし)いっぱい何事(なにごと)もなく、これは、生き神様がこの村を護(まも)るために娘の人身御供を欲しがっているにちがいないという者がおって、それで、村の者みなして相談(そうだん)したら、毎年、村の家という家全部がおびえて暮らすよりは、順番に娘を差し出す事にしようということになったのです」

 「そうでしたか。上でも、どこかの村で似たようなことがあった。神様に貢(みつ)ぎ物をせよ、なんぞいうて、娘や銭(ぜに)を差し出させる者がおった。だが、全部かたり者の仕業(しわざ)だった。本当の神様は、自(みずか)ら貢ぎ物や人身御供を欲しがるはずはないんじゃ。
 その生き神様の正体を、俺があばいてやる」
 樵夫は今晩(こんばん)、館の娘の身替(みがわ)りになることを申し出たと。
 村の人達は、樵夫の入った棺桶(かんおけ)を、山のふもとの御堂(おどう)に運んだ。
 「上のお人よう、ほんとにいいだかや」
 「ああ、早よ帰れ」
 村の人達が帰ったあとは、シーンとして木の葉が落ちる音が聞こえるほど静かだったと。

 真夜中頃になって、生臭(なまぐさ)い風が吹いたと思うたら、森の木の枝をワリワリゆらして近づいてくるものがある。
 樵夫が棺桶の隙間(すきま)から見ると、総身(そうみ)に蓑(みの)をまとったように毛を逆立てた、大きな猿の経立(ふったち)であったと。
 経立というのは、ケモノが年老いて霊力(れいりょく)を持つようになったものをいうのだが、それがフッ、フッと臭(くさ)い息を吐きながら近づいて来て、棺桶の前で止まった。
 経立は、あたりに誰もいないのを確かめてから、棺桶のふたを開けてのぞきこんだ。
 そこを樵夫はいきなり立ちあがり、

猿の経立挿絵:かわさき えり
 「おのれ畜生(ちくしょう)めが」
と叫んで、斧(おの)を力の限り経立の頭へ打ち込んだ。

 次の朝、村人達がおそるおそる御堂へやってきて、大っきな古猿(ふるざる)が頭をまっ二つに割られて死んでいるのを見つけると、
 「おらたちは猿ごとき畜生に娘をとられていたのか」
というて、なげき悲しんだそうな。
 「よう退治して下さった。お前さまこそ本当の生き神様じゃ。この国のお助け神様じゃあ」
 いうて、手車(てぐるま)をして樵夫を館へ連れ帰ったと。
 樵夫は望まれて、その館の一人娘の婿殿(むこどの)になって、七日七夜(なぬかななや)の祝(いわい)をしてもろうたと。

 どんとはらい。

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