てんにんこ
『天人子』

― 岩手県 ―
採話 佐々木 喜善
再話 六渡 邦昭
語り 平辻 朝子
提供 フジパン株式会社

 昔、岩手県(いわてけん)の六角牛山(ろっこうしさん)のふもとの里(さと)に百姓(ひゃくしょう)をしている惣助(そうすけ)という男があったと。

 里の附近(ふきん)には七つの池があり、その中のひとつに巫女石(みこいし)という石のある池があった。
 ある日、惣助が池へ魚釣(つ)りに行ったら、六角牛山の天人子(てんにんこ)が飛(と)んできて、巫女石に羽衣(はごろも)を脱(ぬ)ぎ置(お)いて水遊(あそ)びをしたそうな。


 惣助は、その羽衣があまりに美(うつく)しかったので、そおっと盗(ぬす)んで家へ持ち帰ったと。
天人子挿絵:かわさき えり


 天人子がさて帰ろうとしたら羽衣がない。しかたなく朴(ほお)の葉(は)で身体(からだ)をおおって惣助の家へ行った。
 「先程(さきほど)魚釣りをしていたのはあなたですね。もしや、私の羽衣を持って来はしませんでしたか」
ときくと、惣助は、
 「悪(わる)いこととは思うたけれど、あまりに珍(めずら)しい着物だったので、今、殿様(とのさま)に献上(あ)げて来たばかりだ」
と、嘘(うそ)を言うた。天人子は、
 「あの羽衣がないと、天に帰られません」
と、大層(たいそう)なげいた。そして、
 「それでは、私に田を貸(か)して下さい。その田に蓮(はす)を植(う)えて、糸(いと)を採(と)って機(はた)を織(お)りますから」
と頼んだと。


 惣助は田を貸し、巫女石のある池のほとりに笹小屋(ささごや)も建ててやったと。
 やがて、田一面に蓮の花が咲(さ)いた。天人子は蓮から糸を採って、笹小屋の中で糸を紡(つむ)ぎ、きれいな声で歌をうたいながら機を織ったと。
 惣助は気になってならない。見るなと言われていた笹小屋の中を、そおっと覗(のぞ)き見した。そしたら、キー、パタン。キー、パタン。という筬(おさ)の音は聞こえるけれど、天人子の姿は、どうしてか見えなかったと。
 惣助は、嘘(うそ)をついたり約束(やくそく)を破(やぶ)ったりした己(おのれ)がなさけなくなって、天人子の羽衣を本当に殿様へ献上(けんじょう)したと。


 天人子は、まもまくマンダラという布(ぬの)を織り上げた。そして惣助に、
 「これを殿様に献上(あ)げて下さい」
と頼(たの)んだそうな。
 惣助がそのマンダラを殿様に献上すると、殿様はこの布を織った女を見たい。また、何か望(のぞ)みがあるなら申(もう)してみよ、と言うた。
 惣助が家に帰って天人子に伝(つた)えたら、
 「殿様の御殿(ごてん)にご奉公(ほうこう)がしたい」
と言う。
 天人子を連れて御殿へ行ったと。


 殿様が天人子を見ると、この世(よ)の者とは思われない、それは美しい娘(むすめ)ごであった。
 殿様は喜(よろこ)んで御殿に置(お)いた。そして、まるで奥方(おくがた)のように天人子をもてなしたと。

 夏になって、お城(しろ)でも土用(どよう)の虫干(むしぼ)しをしたと。天人子の羽衣も干された。
 天人子は、おつきの者が目を離(はな)した隙(すき)にその羽衣をさっと身(み)にまとい、あれよという間に六角牛山の方へ飛んで行ったと。


 殿様は大層なげいたけど、あの娘(むすめ)がもともと天人子であれば天に帰ったのは仕方(しかた)のないことだとあきらめたと。
 そして、布に織られたマンダラを、これは天人子が織った尊(とうと)い物だからというて、光明寺(こうみょうじ)というお寺に奉納(ほうのう)したと。
 それ以来(いらい)、光明寺のある村はマンダラの綾織(あやお)りがあるところから綾織村(あやおりむら)と呼(よ)ばれるようになったそうな。

  いんつこもんつこ さかえた。

天人子挿絵:かわさき えり

岩手県
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