はこねのあまのじゃく
『箱根のあまのじゃく』

― 神奈川県 ―
語り 井上 瑤
再話 萩坂 昇
出典 『かながわのむかし話』第二集
   昭和48年9月20日第二刷
発行 むさしの児童文化の会
提供 フジパン株式会社

 むか-し、むか-し、気の遠くなるくらい大昔のことだ。
 箱根(はこね)山に天から来たという神様とも人間ともつかぬ面(つら)をして、へそまがりで、力持ちのあまのじゃくというもんがおった。
 だけど、このくそ力が出るのは晩だけで、お天とう様があまのじゃくの頭に当たるとフニャ、フニャと力はふぬけてしまう。
 ある年のすっぽ-んと晴れた日、
 あまのじゃくは、箱根のてっぺんに突(つ)っ立(た)って、あたりを見まわしておった。
 四方(しほう)にはいろんな姿の山々が、デコン、ボコンと並んで背ぇくらべをしている。
 

 箱根のあまのじゃく挿絵:かわさき えり
 
 「ウ-ム、とくに高い山もねえし、大体うまくいっておるわい」
 満足げにぐる-っと首をまわしていって西の方を見たときにジャガリと目が光った。
 そこには、雲の上にまで頭をつんだし、裾(すそ)をすんなり広げて、晴れ姿を芦(あし)の瑚(こ)に映(うつ)している富士の山があった。
 

 「なんとまあ、美しい山だんべさ。高さといい、うしろ姿といい、ほれぼれするわい。里のやつどもが箱根山に尻っぺたをむけて、朝に夕に富士山をながめてかしこまっているのも無理のねぇこった」
 あまのじゃくは、ため息ついて見とれていたが、そのうち富士山が憎(に)くらしくなってきた。
 「わしの箱根山がそっぽをむかれるのは、そばにあいつがいるからじゃ。よ-し、今に見ておれ、わしのくそ力でてっぺんをひったくってやっから」
 その晩、里の者が寝(ね)静(しず)まったころ、あまのじゃくは大(おお)フゴをかついで富士山へ登り、岩をひったくると大フゴに入れて海っ端(ぱた)に来ては、沖合(おきあい)めがけてその岩をぶん投げておった。
 

 次の晩も、その次の晩もやらかしておった。
 そしたらなんと、その岩が海のどまん中に積(つ)もりに積もって、島が出来た。
 それが今も太平洋(たいへいよう)にある伊豆七島で、投げそこなって海っ端に落ちて出来たのが熱海(あたみ)の初島(はつしま)じゃ。
 あまのじゃくは、なおも陽(ひ)の当たらない森の中から富士山をにらんでおった。
 「む-ん、でぇぶん低くなったが、まあんだ高けえ。もうひと息じゃ、がんばらにゃぁ」
 晩のくるのを今か今かと待っておった。
 ところが、その晩、欲張(よくば)ったあまのじゃくは、でっかい岩を一度にひっぺがそうとしてえらく手こずった。
 やっとこさ大フゴに押し込んで、箱根山を越(こ)そうとした時、里の方から、ケケロケ-、ケケロロ-と、一番鶏(いちばんどり)が啼(な)いて東の空が白(しら)み、お天とう様がホンワリ、ホンワリ昇って来た。 

 「こ、こりゃあえらいこった。里のやつらに見(め)っかったら今までの苦労(くろう)が水の泡じゃ。それよりも、わしの力がふん抜けてしまうわい」
 あまのじゃくは、あわくって大フゴの中の岩をおんまけると、うしろをふりかえりもせずに山の暗がりめがけて飛んで行った。
 やがて、お天とう様が昇って来て箱根の山を照らしはじめた。
 すると、お椀(わん)を伏(ふ)せたみたいな新しい山が二つ出来ているでねえか。
 これがな、あまのじゃくがおんまけた岩で出来た山で、今も箱根山にデガン、デガンと乗っかっている二子山(ふたごやま)じゃ。

 おしまい チャンチャン。 

 箱根のあまのじゃく挿絵:かわさき えり
 
 

神奈川県
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