かっぱどっくり
『河童徳利』

― 神奈川県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 むかしむかし、相模の国(さがみのくに)、今の神奈川県(かながわけん)茅ケ崎市(ちがさきし)の西久保(にしくぼ)というところに、五郎兵衛爺(ごろべえじい)という馬方(うまかた)がおった。働き者で、正直者(しょうじきもの)で、酒好き爺だったと。
 五郎兵衛爺は、貧乏徳利(びんぼうどっくり)と馬のあおを我が子のように可愛がっていた。
 ある夏の暮れ方(くれかた)、一日の仕事を終えた五郎兵衛爺が、あおを間門川(まかどがわ)へ曳(ひ)き入れて、
 「今日も一日苦労(くろう)をかけたなあ、えらくくたびれたべ」
とやさしい声をかけながら、あおのからだを洗ってやっていると、突然(とつぜん)あおが、 

 「ヒ、ヒヒーン」
と、おびえたような声でいなないた。
 五郎兵衛爺が驚(おど)いて見ると、いつ現(あら)われたのか、芦(あし)の茂(しげ)みから体半分出して、あおの尻にしがみついているものがある。
 五郎兵衛爺、水汲み桶(みずくみおけ)を投げたら、うまいことそいつの頭にポカーンと当って、そいつがのびてしまった。
 たちまち生け捕(いけど)って、そばの木に括(くく)りつけた。そいつは河童(かっぱ)だった。
 しばらくすると河童が目を覚(さ)まし、いかにも悲しげな声で、
 「どうか命だけはお助け下さい。わたしは間門川に古くから住んでいる河童ですが、今日は悪さをして申し訳ありません。
 それというのも可愛い(かわいい)子供に少しでもうまい物を、と思ってのことでした。今頃(いまごろ)は、おっ母さんが帰って来ないので、さぞや腹(はら)を空(す)かせて泣いていることでしょう。もうこれからは決して人様にご迷惑をかけたりしません。どうか許して下さい」
と、大粒の涙をこぼして詫(わ)びたと。 

 挿絵:かわさき えり
 五郎兵衛爺、おっ母さん河童の涙を見たら、急にかわいそうになった。縄(なわ)をといて放してやったと。 

 その晩、五郎兵衛爺が寝ていると、
 「もし、五郎兵衛爺、五郎兵衛爺」
と呼ぶ声が聞こえた。
 「こんな夜中に、一体誰れじゃろなぁ」
 眠たくて眠たくて、しぶる体をようよう起こすと、つづけて、
 「昼間助けていただいたお礼に参りました。五郎兵衛爺は酒好きだから、河童徳利(かっぱどっくり)を持ってきました」
という。
 五郎兵衛爺、河童徳利と聞いて、パチリと目が覚めた。雨戸(あまど)を開けると、縁側(えんがわ)に、酒の入った徳利がひとつ置いてあり、昼間のあのおっ母さん河童が立っておった。
 「この徳利(とっくり)は、酒が絶(た)えることなく湧(わ)き出る不思議な徳利です。しかし、徳利の尻(しり)を三回叩(たた)けば、酒はぴたりと止まってしまいます」 

 そういわれて、試しに酒を呑(の)んでみると、また、元通り徳利の口元(くちもと)まで酒が詰(つ)まった。
 それにしても、その酒のうまいことうまいこと。酒に気をとられているうちに、いつの間にかおっ母さん河童はいなくなった。
 五郎兵衛爺、茶碗に酒をついでは呑み、ついでは呑みして朝になった。したたかに酔(よ)っぱらって、仕事に行くのも忘れて、寝たと。
 五郎兵衛爺は、もともと酒を呑みたくて仕事をしているようなところがあった。その五郎兵衛爺に河童徳利が手に入った。酒は呑めども呑めども無くならない。来る日も来る日も囲炉裏端(いろりばた)で徳利をなでては酒を呑み、呑んでは眠り、目が覚めたらまた呑む。
 働き者の五郎兵衛爺も、すっかりなまけ者になって、あおのことなど、とうに忘れてしまったと。 

 挿絵:かわさき えり
 ある日、酔っぱらった五郎兵衛爺が、なにげなく背戸(せど)に出た。すると、あおが、いかにも懐(なつ)かしそうに、いなないた。 

 五郎兵衛爺、からだを前後(まえうしろ)にゆらしながら目をこらしてよおっく見たら、元はよく肥(こ)えていたあおも、今はやせ衰(おと)えて、見るかげもない。
 五郎兵衛爺、はっとして、酒の酔いがいっぺんにさめた。
 「そうだ。あの河童徳利のために、すっかり忘れとった。すまねえなぁ、あお。こんなにやせちまって」
 五郎兵衛爺、あおの首を抱(かか)えて泣いたと。
 そして、囲炉裏端にとって返すと、河童徳利の尻を、ポンポンポンと三回叩いた。
 河童徳利をさかさにしてみたら、酒は一滴(いってき)も出なかったと。
 五郎兵衛爺、それからは再び村一番の働き者になったと。

 いちがさかえた。 

 挿絵:かわさき えり
 

神奈川県
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