ひとりはじゅうのう むひつのてがみ
『ひとりは十能(無筆の手紙)』

― 岡山県 ―
再話 六渡 邦昭
語り 井上 瑤
提供 フジパン株式会社

 むかし、あるところに婆(ば)さまと娘(むすめ)が暮らしてあったと。
 娘は山ひとつ向こうの隣村(となりむら)へ奉公(ほうこう)に行ったと。
 
ひとりは十能(無筆の手紙)挿絵:かわさき えり

 行きしなに娘が、たまにはお暇(ひま)をもろうて帰って来る、と言うたのに、一年経(た)っても一遍(いっぺん)も帰って来なかったと。
 婆さまは、
 「忙(いそが)しゅうて帰って来られんのじゃろか」
 「病気でもして帰って来られんのじゃろか」
と、毎日毎日娘のことを案じない日はなかったと。
 ある日、炭焼(すみや)き爺(じい)が炭を売りに来て、隣村へも炭を届けに行くと言うた。婆さまが、
 「あの、まことに申(もう)しわけねえが、娘のところへ手紙を届けてもらえんじゃろか」
と頼むと、炭焼き爺は気易(きやす)く引き受けてくれたと。
 「ほうか、えがった」
言うて、婆さまはわざわざ寸法(すんぽう)の合わないふたいろの重箱(じゅうばこ)を重(かさ)ね、その中に小糠(こぬか)をちょっとだけ入れて、風呂敷(ふろしき)に包んだと。

 「ほんなら、これを娘に渡(わた)して下され」
 「ええとも、こん中に手紙がへえっとるだな。ん、分かった」
 炭焼き爺は、道みち、
 「あの婆さま、無筆(むひつ)だと思うとったら、文字があるとは、いや、たいしたもんだ」
とたまげながら、その包(つつ)みを娘のところへ持って行ったと。
 そしたら、もらった娘もたまげて、
 「はあて、おらの婆さまは字を識(し)らんはずじゃのに、手紙を寄(よ)こすとは」
と、首を傾(かし)げながら包みを解(と)いたと。
 そしたら、しっくり合わん重箱と小糠がちょっぴり入っとった。
 娘はそれを見て、すぐに、
 「この中(重)は会(合)わんから、ちと来ぬか(小糠)」
と、婆さまの言っている意味が判(わか)ったと。

 「爺さま、おらも婆さまに手紙を書きますで、帰りしなに届けてもらいますまいか」
と頼むと、
 「ああ、ええとも」
と気易く引き受けてくれたと。
 娘は紙いちめんに、すきまもなく墨(すみ)で塗(ぬ)りつぶしたのをたたんで、風呂敷に包んで渡した。
 炭焼き爺は、また、道みち、
 「婆さまばかりか、娘もさらさらと手紙を書いたわい。いや、えらいものだ」
とたまげながら、婆さまに届けたと。婆さまは、
「あれ、娘は字を識らんのに、よう手紙を書いたな」
と、首を傾げながら手紙を開いた。
 すると、紙一枚、黒々と塗りつぶしてある。
 婆さまには、すぐに判ったと。
 「そうか、ちっともすきがなくて来られんてか。そんなに忙しいか。身体ぁ気いつけよ」
と言うて、真っ黒な手紙を繰り返し、繰り返し見ては涙流したと。

 しばらく経ったある日のこと、富山(とやま)の薬売りがやって来て、娘からの手紙を届けてくれた。
 見ると、また一枚の黒々と塗って、少しの余白(よはく)に、燃(も)える火と鳥の絵が画(か)いてある。
 「やれやれ、娘もちょこっとはすきが出来たらしい。いよいよ帰って来るだな。それにしても娘というもなあ仕方(しかた)のなえもんじゃ。来るとなりゃあすぐに甘(あま)えて、これが食いてえと催促(さいそく)して来たは」
と言いながら、焼き鳥をこさえはじめたと。焼けるいいにおいがしとるところへ、カランコロンと娘がやって来た。婆さまが、
 「お前ぁは、焼き鳥を食べたいと言うたんじゃろが。今こしらえとったとこじゃ」
と言うと、娘は、
 「そうじゃあなぁですが、ひとり(火鳥)行く、と書いたんじゃが」
と言う。

ひとりは十能(無筆の手紙)挿絵:かわさき えり

 「やれやれ、じゃから、あれほど勉強しとかなぁどもならんというとったろが。そねえなときにゃ、十能(じゅうのう)の絵を画くもんじゃ。十能は火取りじゃろが」
 こう言うたと。

  むかし、こっぽり。

岡山県
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