ひろいや
『拾い屋』

― 東京都 ―
再話 六渡 邦昭
語り 平辻 朝子
提供 フジパン株式会社

 むかし、江戸(えど)のあるところに貧乏長屋(びんぼうながや)があったと。

 その長屋にひとりの男が引っ越(こ)して来た。
 ところがこの男、一体何を生業(なりわい)にして暮(く)らしているのやら、さっぱりわからん。

 毎朝早うに出かけては日暮れに帰ってくるのだが、それが商売道具(しょうばいどうぐ)ひとつ持って行くでなし、ただ、ふらあっと出かけてふらあっと帰ってくる。


 どうにも不思議(ふしぎ)でならない家主(やぬし)の親父(おやじ)が、訊(き)いてみた。男は、
 「俺(おれ)の商売は、拾(ひろ)い屋(や)だぁ」
と、あっけらかんという。
 「拾い屋だと。はて、それはどういう商売だ」
 「なあに、毎日町んなかを歩いて廻(まわ)れば、何かひとつは拾うて帰れるもんだ。俺ぁそれで暮らしているんだ」
 と言われたって、そんな商売が成り立つものか、どうも合点(がてん)がいかない。


 江戸の長屋の家主は、長屋に住んでいる店子(たなこ)が何をして暮らしているかを識(し)っておかなければお役人(やくにん)にとがめられることになっているから、ようしそれなら、と、次の朝早くに男のあとをこっそりつけて行ったと。
 
拾い屋挿絵:かわさき えり


 そんなこととは露(つゆ)にも知(し)らない男は、あっちの通り、こっちの通り、そこいらの筋道(すじみち)と足の向(む)くまま、気の向くままってな感じで歩いてゆく。やがて神社(じんじゃ)の境内(けいだい)を通り、お寺にも行き、隣町(となりまち)まで足を延(の)ばしたが、何ひとつ拾う様子はない。
 こんな調子(ちょうし)で近隣(きんりん)の道という道を全部歩き廻るだけで日が暮れた。
 
 家主の親父は、
 「さては、わしが後からつけまわしているのを悟(さと)ったかな。それで何もせずにわしを引き廻しているんじゃなかろうか。うん、きっとそうに違(ちが)いない。あ奴(やつ)め、いよいよあやしいぞお。
 見れば、あ奴めもやっと家に帰る気配(けはい)、今日のところはわしも帰って、また明日、後をつけてやろう」
と言うて、くたびれて、店子より先に帰ったと。


 家に帰って、着物をぬいで気がついた。懐(ふところ)に入れてあった銭袋(ぜにぶくろ)が無くなっている。
 「あいつのせいで、ろくなことはねえ。大損(おおぞん)だ」
と、独(ひと)り言を言うていると、そこへ男が帰ってきた。何ぞひとこと文句(もんく)を言わなければ気が済(す)まん。

 「今日はええ日よりで人の出も多(おお)かったろうし、さぞかしええ物を拾って帰ったのだろうのう」
 「それが親父さん。今日は、いつになく不景気(ふけいき)じゃった。あんまり何にも拾われんかったんで、うしろから疫病神(やくびょうがみ)でもついて来よるかと思うたくらいでしたがのぉ。けんど、帰りがけにそこの路地(ろじ)で銭二百文(もん)入った銭袋を拾うたから、まあ、一日歩いた甲斐(かい)がありました」
 こういうたと。

  おしまい ちゃんちゃん。

拾い屋挿絵:かわさき えり

東京都
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