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ほれぐすり
『惚れ薬』

― 愛知県 ―
再話 六渡 邦昭
語り 井上 瑤
提供 フジパン株式会社

 むかし、あるところに商人(あきんど)の番頭(ばんとう)さんがおったと。
 「俺もそろそろ嫁(よめ)ごを貰(もら)わんとならんが、どうせ貰うんなら美(うつく)しい嫁ごが欲(ほ)しいものだ」
 そう考(かんが)えて、毎日毎日、あちらこちらと商売(しょうばい)に行っていたら、あるところで、「惚(ほ)れ薬(ぐすり)」があるという耳よりの話を聞いたと。

 番頭さんは大喜(おおよろこ)びをして、その「惚れ薬」を探(さが)して、買(か)って来たそうな。
 この「惚れ薬」をいうのは、白い粉(こな)で、それを振(ふ)りかけると、どんな人でも一ぺんに惚れてしまうという不思議(ふしぎ)な薬だそうな。
 隣村(となりむら)に大きなお寺(てら)があって、よく賑(にぎ)わう日に番頭さんは薬をふところに入れて行ったそうな。
惚れ薬挿絵:かわさき えり

 すると、お寺の門からお堂(どう)まで、お参(まい)りの人がぎっしりつめかけて来ておった。

 番頭さんがお堂のちょっと高いところから美しい娘(むすめ)はおらんかと探(さが)していたら、門の方から、チリリン、コロロン、サララン、パララン、という下駄(げた)の音が聞こえて来たと。
 首をのばしてヒョイと見ると、それはそれは美しい娘が、赤いかんざしをさして、高いこっぽ下駄をはいて、お供(とも)を連(つ)れてやって来たと。
 「よし、あの娘を俺(おれ)の嫁ごにしてやろう」
 番頭さんは、わくわくして待っておったと。

 チリリン、コロロン、サララン、パララン。
 美しい娘は、こっぽ下駄の音をさせてお堂の傍(そば)に来ると、きちんとしゃがんで、白いきれいな手を合わせて拝(おが)んだそうな。
 番頭さんは、
 「よし、今だ」
と、ふところから「惚れ薬」を出して、ひと握(にぎ)り、娘をめがけてパッと投(な)げかけたそうな。投げかけたところが、あんまり勢(いきお)いこんで放(ほう)ったので、薬は美しい娘の上を越(こ)えて、娘の向(む)こうで同じように拝んでいた、シワだらけのお婆(ばあ)さんにかかってしまったと。
 シワだらけのお婆さんは、つつっと立って番頭さんを見やって、ニターっと微笑(ほほえ)んだと。

 「しまった」
と思うが早いか、番頭さんは逃(に)げ出したと。どんだけ逃げても、その後(うし)ろからお婆さんが、
 「おーい。お前さんの嫁ごは、わしだぞえー」
と言って、曲(まが)った腰(こし)をふりふり追(お)いかけてくるので、まわりの人々(ひとびと)は大笑(おおわら)いだと。
 番頭さんは、恥(は)ずかしいやら、なげかわしいやえら、ほとほと困(こま)って、蔵(くら)があったのを幸(さいわ)い、その中に飛び込(こ)んで、中からトビラを閉(し)めてしまったと。
 「やれやれ、たすかった」
と安心(あんしん)して、蔵の中にあった米俵(こめだわら)に寄(よ)りかかったら、今度(こんど)は米俵がコロコロ、コロコロ番頭さんの方へ転(ころ)がって来たと。

 着物に付(つ)いていた「惚れ薬」が米俵に付いてしまったんだと。
 番頭さんは、またまた困って蔵から飛び出してしまった。
 すると、米俵がいくつもいくつも、コロコロ、コロコロあとからついてくる。その後ろからお婆さんも、
 「おーい、嫁ごにしてちょうよー」
と追いかけてくる。
惚れ薬挿絵:かわさき えり

 どこまで行っても米俵とお婆さんがついてくるから、泣(な)き声を出して、
 「お前さんたあに惚れてもらいたくなあい。俺は、チリリン、コロロン、サララン、パラランの娘に惚れてもらいたかったよー。許(ゆる)してちょー」
と言いながら逃げとった。
 したが、しまいにはとうとう降参(こうさん)して、シワくちゃのお婆さんを嫁さんにして暮らしたそうな。

 むかしこっぷり。

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